fc2ブログ

プロフィール

kumatoti

Author:kumatoti
日本熊森協会の考え方に共鳴し、栃木県支部を結成。
自然豊かな栃木県だが、手入れが行き届かない里山や森林は荒廃している。熊や小動物たちと人間のよりよいつき合いを目指して、実践活動を主体に行動している。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

ヤツガシラ掘られる、犯人はイノシシ?

借りてる田畑

作物被害状況


 「勝手に使っていいよと」と言われ、春から作付け中の田んぼと付属の畑。その畑のヤツガシラが被害に遭遇。茎が揃えて盗掘のそばに置いてあり、イモが4か所ほど掘られた。また株本の敷き草がズレていたりの被害だが、最小限で済んでいる。 
 圃場は、害獣対策のネットで囲ってあり、出入口の戸を閉めてなかったからか。
 現場状況を見たら、几帳面にヤツガシラの茎が2か所とも傍にまとまっていたので、とっさに人間の仕業かとも考えた。だけどイモはこれから太る時期。被害に合わない株は大きめのが残っている。扉の周辺にも堀跡があったので、多分犯人はイノシシだ。
 道路わきだし、民家も点在の場所。「昨年ころから田んぼ周辺にイノシシの被害が出てきたので、柵が必要」とも言われていた。
 田の持主、稲刈りは早々に済ませて、農業機械も売り払ったという。 「ほかの田んぼも耕作してかまわない」 「機械も貸すよ」という春先の約束だったのだが…。

 来春からの稲づくりは、機械が使えない。なら、今回の実った稲の刈り取りとその後の籾すりなど、作業の見通しをきわめてから作付けすべきかどうか、考えることにしよう。

 栃木県は、県北・西にクマ・シカ・サル・イノシシが多く出現し、クマが人に加害の例も出ている。県や市町村では、害獣対策に真剣に取り組まざるを得ない。一般人を巻き込んで狩猟講習会を開催し狩猟人口を増やすべく画策中だ。
 私の住む場所にはイノシシが多い。狩猟免許への助成金も充実してきた。その制度を利用して私も今月にワナ猟免許を取得した。降りかかる火の粉は自分で払わないと。自治体任せだけにはできない。ますます耕作地の放置が広がるばかりだ。

スポンサーサイト



山から家族の食料を頂く 千松信也さんが「兼業猟師」になったわけ ドキュメント映画で話題

毎日新聞2020年8月19日

ワナ猟
上写真/映画「僕は猟師になった」から。動物の行動を考えながら山を歩く千松さん
下写真/映画「僕は猟師になった」から。子どもたちも調理を手伝っている



 京都市の千松信也さんは「兼業猟師」だ。京都市中心部から30分ほどの山裾に住み、運送会社勤めの傍ら、狩猟期間になるとワナを仕掛け、かかったイノシシやシカを解体して家族の食卓に供する生活。といっても、スーパーでパックの肉も買うし、コンビニにも行く。肩ひじ張らずに、4人家族の食料を「山から頂いている」という姿勢なのだ。
 京都大在学中にワナ猟の免許を取得し、以来20年。2008年に体験をまとめた著書「ぼくは猟師になった」は、若者の狩猟ブームの引き金ともなった。2018年にNHKのドキュメンタリー「ノーナレ」で紹介され、その素材に追加取材分を加えた映画「僕は猟師になった」が、22日から公開される。
 原発事故の放射能汚染、ウイルスの脅威と相次ぐ災難は、自然を支配できると思い込んだ人間へのしっぺ返しのようだ。人間と自然はどう関わるべきか。千松さんの生き方に、そのヒントがあるかもしれない。【勝田友巳】

誰かがやらなければいけない営み でも殺す抵抗感は今でも強い
 ――猟を始めて20年。山の動物を追い続けながら、家族もできました。この間、自身の変化はありますか。
 ◆やっていることは変わらないと思っています。大学生のころは1人で捕ってきた獲物を友達と食べていたのが、今は妻と子ども2人が加わった。捕る量はちょっと増えたけれど、ぼくと狩猟の関係でいうと、大きくは変わっていないですね。
 子どものころから動物と関わりたくて、獣医になろうと思っていた。それが猟師になったのは、助ける側から殺す側になったみたいだけれど、180度変わったというより360度回ったということ。動物と関わりながら生きるという点では同じです。
 肉を食べる以上、誰かが動物を殺しているわけで、それを人にさせているのが気持ち悪いと思ったんです。ただ、動物が好きだったから、殺す抵抗感は今でも強い。1人だったらそこまでやらなくても、という感覚があったかもしれない。
 学生時代は、獲物を友達と学生寮で解体して宴会を開きました。子どもができてからは、近所の子どもたちの間で、あの家は肉食い放題だと評判になって、毎週のように焼き肉パーティーをしていた時期もありました。人に食べてもらった経験があるから、動物を殺すことが独善的な営みではなく、誰かがやらなければいけない役割を果たしていると思える。コミュニティーの中で、捕る人としての役割を認められているなと。この暮らしが、しっくりきていると感じています。食べてくれる人がいると捕りがいがあるし(笑い)。

強い信念というより、楽な方に行ったらこうなった
 ――映画では、イノシシやシカの行動を予想して山にワナを仕掛け、かかった獲物を卒倒させて、ナイフでとどめを刺す。家族と一緒に解体し、食卓に乗せるまでを、正面から捉えています。一方で、インスタントラーメンを調理する場面もありました。自給自足にこだわるわけではないのですね。
 ◆山で捕れるもので、家族の食べる分はある程度まかなえます。猟以外では養蜂や、山菜を採ったり魚を捕ったりもしています。肉はしっかりパックして業務用の冷蔵庫に保存すれば、1年持ちます。でも、解凍が間に合わないから、近所のスーパーでブタ肉を買ってくる、といったこともあります。鶏も飼っていますが、卵を取るため。鶏肉は買う。そういうところにこだわりはないし、ゆるくないとしんどくなりますからね。
 まき割りも大変でしょうと言われるけど、ちっとも大変じゃない。燃料代が浮いて、ラッキー。すぐ近くに肉があるんだから、イノシシは捕らなきゃ損だなというぐらい(笑い)。自然とともに生きていくという強い信念があるというより、自分では楽な方に行った結果、こうなったというだけです。そのくらいが性に合っていると思う。

猟は、生態系のバランスを取るのに必要な営み
 ――千松さんの著書もきっかけとなって、若い人の間に狩猟免許を取る人が増えたり、ジビエへの関心も高まったりしています。狩猟を取り巻く環境は、変わったように見えます。
 ◆ここ20年の間に、イノシシやシカが増えて獣害が深刻になったし、動物が車にひかれる事故や人畜共通感染症も社会問題化しています。森の生態系のバランスを取る役割として、狩猟が見直されている。それまで猟師は、山奥で動物を殺している、物好きな変わり者集団ぐらいに見られていたのが、必要な営みと考えられるようになったのではないでしょうか。
 読者の反応では、若い世代に、生き方を考え直したという人が多い。東日本大震災の後、どう生きるかを考えている時に僕の本と出合ったという人もいて、行き詰まった現代社会から脱出する手段を、狩猟に見いだす人がいるんだなと。
 以前別のテレビ番組で取材されたとき、動物の命を奪う場面をカットされました。放送できないと。だから今回の取材(NHKのドキュメンタリー「ノーナレ」)は、そういうシーンを含めて放送するという条件で受けたんです。一連のことを全部見て考えてもらわないと、偏った見方になってしまう。そうしたら、ディレクターは「私の責任で出します」と。地上波では難しいと言われていたので、本当に?と思いましたが、ちゃんと放送してくれた。
 もっとも映画では、足を骨折したり、イノシシをなかなかどつけなかったりと、どんくさいところばかりが映っていて心外です(笑い)。まあ、絵になるところを使ったのでしょうが。ワナ猟は、イノシシやシカとの知恵比べです。どう行動するか、考えながらやっていくのが楽しいですし、最後に獲物と向き合うときはやはり緊張します。そういった動物との、ギリギリのやりとりの雰囲気は伝わるのではないかと思います。
 僕が猟を始めた頃は、動物を殺すなんてひどいと非難されたり、肉はスーパーで買えばええのにと言われたりしたこともありました。それが最近では狩猟は素晴らしいとか、農作物を守るためにどんどんイノシシを殺してとか言われることもある。時代の変化を中間で体験してきた世代としては複雑な気持ちになることもあります。

日本には、野生動物と向き合う総合的な公的機関がない
 ――生態系を破壊する人間もまた、自然の一部です。都市生活を送る人々にとっては、食肉処理など命の現場も、獣害被害も遠いところにあります。誰もが千松さんのような生活をすることもできません。人間と自然との関係について、考えるところはありますか。
 ◆自然は日々変わっています。元々、木材生産のため植林した山の中に、イノシシやシカは人間を避けて住んでいた。ところが安い輸入材が入ってくるようになると植林地は放置され、木が茂って動物の食べる下草がなくなってしまった。一方で、人里近くは炭やまきを生産するためにクヌギやナラを育てていたけれど、燃料としての需要がなくなってほったらかしにされ、ドングリが多くなる。そこに動物が寄ってくる。山奥に追い込められていた動物が、人里近くにあふれ出てきたんです。
 人間は、電気柵などで農地を防衛しつつ、狩猟をすることでバランスを保とうとしています。でも電気柵だって維持管理が必要で、高齢化、過疎化が進む山間の農業を見ると、どうなるのかなと思います。そもそも、人間が考える対策がうまくいったことは、ほとんどないんです。
 日本には、野生動物とどう向き合うか方針を示す、海外の動物管理局のような公的機関がありません。環境省が動物の保護をし、農林水産省は獣害対策をする。全体をどうするか、仕組みができていないように思います。
 狩猟は誰でもできるということではないし、みんなにやってほしいとも思いません。僕自身は、見放されていた営み、今さらやるもんじゃないと言われていた狩猟が、やってみたら魅力的で、師匠の世界観や受け継いできた知恵も面白かった。注目されすぎてよくない方向に行くのも心配だし、新人を無理に増やしたいとは思ってないけど、新しい世代の子どもたちには、狩猟の技術や知恵を伝えたいと思っています。そんな中から自発的に猟師になりたいと思う若者が出てくるのが理想です。
 それぞれの田舎や里山に適度に猟師がいて、動物と人間のバランスが取れる形になるのが、いいのではないかな。

せんまつ・しんや
 1974年兵庫生まれ、京都大4年に進級時に4年間休学、東ティモールで住民投票の監視員や難民キャンプでNGOとして活動。帰国後、現在も勤めるアルバイト先の社員がワナ猟をする猟師と知り、自身も免許を取得。京都市近郊の里山のふもとにあったお堂を住まいとして猟を始めた。
 2008年に「ぼくは猟師になった」、15年「けもの道の歩き方」(ともにリトルモア刊)と2冊の本を出版。19年にはNHKのドキュメンタリー番組「ノーナレ けもの道 京都いのちの森」として放送された。
 ここに追加取材分と俳優の池松壮亮さんのナレーションを加えた映画「僕は猟師になった」(川原愛子監督)が8月22日、東京・ユーロスペースで公開される。全国でも順次公開。

勝田友巳 1965年生まれ。北海道大卒業後、90年毎日新聞入社。松本、長野支局などを経て学芸部で映画を担当。2016年から学芸部長。

森林整備の新制度が始動 譲与税の配分巡り異論

日本経済新聞web版 2019/11/3 11:00

 日本の国土のほぼ3分の2を占める森林。その適切な管理を促そうと4月に森林経営管理法が施行され、市町村が所有者に代わって伐採や出荷に取り組む新制度が始まった。財源になるのが森林環境税だ。その配分額を巡って地方から異論が出ている。

森林環境税

手入れが十分ではない森林も増えている(埼玉県秩父市)


 埼玉県西部の秩父地域。秩父市を中心に1市4町からなるこの地域の85%は森林だ。私有の人工林は約2万ヘクタールと山手線の内側の面積の3倍に上る。

 1市4町は4月、専門職員2人を中心に森の管理を集約する推進室を設けた。現在、約1000人が所有する2100ヘクタール程度の森について、今後どのように管理する予定なのかを調査中だ。「9年間で人工林全体を調べる」と秩父市の大沢太郎環境部技監は話す。

 新法の柱は森林の所有と経営を分離する点にある。所有者が伐採などをできない場合、市町村に経営権を委託してもらう仕組みだ。林道に近くて木材を出荷しやすい森林は民間事業者などに再委託し、そうでない場合は市町村が管理する。

 秩父市ではすでに、市内の高齢者2人が保有する計3.9ヘクタールの私有林について市が経営権を受託することが決まっており、1カ所は市が管理する。11月から再委託する事業者の公募も始めた。林野庁によると新法に基づく全国初の事例になる。市は今年度予算に森林環境譲与税2570万円を計上している。

 政府は現在、個人住民税に1人1000円を上乗せして東日本大震災の復興財源に充てている。これを2024年度から森林環境税に衣替えする。新税ができるのはまだ先だが、新制度の開始に併せて国が借金をして自治体に配るのが譲与税だ。今年度の配分額は全国で200億円。借金した分を返済した後には最終的に600億円に増える。

 「森林を有する市町村の体制強化や事業者の育成に直結するように譲与税の基準見直しを強く求める」。10月3日、宮城県栗原市議会はこうした意見書を議決した。森林に充てるはずのお金なのに都市への配分が多いからだ。宮城県内でみると、栗原市の人工林面積は仙台市のほぼ2倍だが、9月に国が配分した金額は仙台の4割にとどまる。

 全国でみても最も多かったのは横浜市だ。浜松市、大阪市と続く。今回の譲与税は自治体ごとの人工林面積と林業就業者数で7割を配分し、残る3割は人口比になる。このため森林が少ない都市にもかなりの金額が回る。基準を決めた総務省は「国産材価格を安定させるためには木材の需要拡大も必要」(市町村税課)と話す。

 今年度に1億4千万円が入る横浜市は小中学校の内装や備品に国産材を使う計画だ。1億円強の大阪市は保育園児が遊ぶ木製遊具の購入費などにも充てる。今回の配分基準には一定の合理性はあるが、林業が抱える最大の課題は人材難なだけに、人口比の割合が大きい点には違和感がある。

 「都市に入ったお金をぜひ還流させてほしい」(大沢技監)と、秩父市は荒川の下流域の自治体に働きかけている。第1弾として、市の姉妹都市になっている東京の豊島区が譲与税を使って秩父市内の市有林の整備に乗り出した。

 森林の荒廃は台風で水害が深刻化する一因だ。森林整備を促す新制度の始動は都市にとっても無縁ではない。(編集委員 谷隆徳)

チンパンジーにおびえる日々 生息地を奪われたチンパンジーが農作物をあさり、人間の子をさらう事件が続発

ナショナル ジオグラフィック 2020.08.01


サルと人間の現在1

写真上/水をくみに行く少年がムパランガシ村の近くでチンパンジーと出くわし、立ち止まる。ウガンダ西部では、チンパンジーが作物などをあさり、住民との対立が深まっている。(PHOTOGRAPHS BY RONAN DONOVAN)

写真下/ウガンダ西部のキャマジャカ村で、空き家の窓に映る自分たちの姿を見つめるチンパンジーの群れ。この家に住んでいたセマタ家の息子は2014年7月にチンパンジーに殺され、一家は村を去った。(PHOTOGRAPHS BY RONAN DONOVAN)

サルと人間の現在2

写真上/ンデゲガ・セマタが2入の幼子をあやす.この子たちの兄はチンパンジーに殺された。一家は村を離れて部屋を借りたが、そこはチンパンジーの脅威はないものの、耕す土地もなかった。その後彼らは耕作可能な土地を手に入れた。

写真下/キニヤラ・シュガー・ワークス社の大規模農園。小規模な農家と、サトウキビや茶を生産する巨入企業によって森林か伐採された結果、チンパンジーの生息地は減少し、がっての森の名残り所々に残るのみとなった。

                         ●  ●  ●  ●

 ウガンダ西部の山の尾根に沿った小さな土地で細々と生計を立てるンテゲカ・セマタの家族の暮らしは、ただでさえ苦しかった。自分たちが食べる分と、わずかな現金収入を得るための作物を育てるのがやっとだったのだ。そのうえ、腹をすかせた恐れを知らないチンパンジーの群れに、食料や身の安全さえも脅かされていた。

 チンパンジーはその1、2年前から人家の近くに来るようになっていた。セマタ家が暮らすキャマジャカ村をうろついては、バナナやマンゴー、パパイアなど、食欲をそそられるものを探し回り、食べあさった。

 だが2014年7月20日、悩みの種は恐怖へと変わった。その恐怖は、ほかの家族にも衝撃をもたらすものだった。その日、大人の雄とみられる1頭の大きなチンパンジーが、セマタ家のよちよち歩きの息子ムジュニをさらい、殺害したのだ。

「私が畑を耕しているときに、チンパンジーがやって来ました」と、2017年初めに話を聞いたとき、母親のンテゲカ・セマタは振り返った。彼女は幼い4人の子どもの面倒を見ながら、きつい農作業をこなしていた。そして子どもたちに水を取ってあげようと背を向けたとき、チンパンジーが2歳の息子の手をひっつかみ、走り去ったのだ。男の子の叫び声を聞いて村人たちが駆けつけ、追いかける母親を手助けした。しかし、そのチンパンジーは粗暴で力が強く、あっという間にその子に致命傷を負わせた。

 ムジュニは病院に運ばれる途中で息を引き取った。

 キャマジャカ村の状況は、住民にとってもチンパンジーにとっても、依然として不安定だ。人間の子どもが襲われるケースは続発していて、この地域だけで少なくとも3人が死亡し、6人ほどが負傷したり、間一髪で危険を逃れたりした。こうした襲撃の主な原因は、ウガンダ西部のチンパンジーの生息地が失われていることだと考えられる。国立公園や保護区の外の森林が農地に変えられ、建材や燃料のために樹木が伐採されているのだ。


7月18日・19日の琵琶湖で支部長集会に参加、その報告

 7月18日・19日と、くまもり滋賀県支部の全面協力のもと、琵琶湖のある安曇川公民館で全国支部長会が開催され参加した。
 18日、本部からは「親子クマ放獣からみえてきた課題」として、新潟県で捕獲されたクマを粘り強い交渉で実現したいきさつを、水見さんから報告があった。
 次いで、くまもり顧問である前滋賀県知事で現在参議院議員の嘉田由紀子さんのお話会。多くの内容を限られた時間で話されたので、未消化気味の感もあった。
 滋賀県支部の報告は、奥山の高樹齢のとちの木伐採が強行されることを知り、関係者と話し合って「立ち木トラスト」実現にこぎつけた。その困難さが、聴く人に感動を与えた。支部では、ときの大樹の生息エリアの林道整備や倒木伐採、見学者の案内などを行っているという。とちの実は渋抜きが面倒で、現在は見向きもされない。それを面倒な工程を経て粉にし、とち餅などに加工しているという。
 栃の木トラストで信頼関係を得て、麻生林の野生獣被害の抑制事業に特化した事業を立ち上げた話は興味深かった。税この地で成功事例を行い、他の場所でも同様な事業が起業できればと願う。

くまもり1

くまもり2

とちの木ととち餅

 19日は、トラストしたとちの大樹の見学予定だったが、梅雨の影響で現場に行くのが困難で、本部や支部の活動の報告会などをして過ごした。
 梅雨の晴れ間で、青空も見えたので、午後は嘉田さんが知事を退任してから家を購入した琵琶湖の湖畔に移動した。昼食ご、全容が見えないほど広大な湖、まずはゲストの方に飲んでいただくという「琵琶湖の水」を各自賞味。私には若干魚臭いにおいがしたが、透明感絶大。琵琶湖滞在後、解散した。
 嘉田さんの琵琶湖と周辺にまつわる話があった。その中で印象に残ったのは「雨後に湖の水が薄茶色がかっている。シカが琵琶湖にそそぐ河川周辺の植物を食いつくすので、保水力の低下でストレートに集中するから」と。「以前は見かけなかったが、シカを介して蛭(ヒル)害も出てきた」とも。
 栃木県に日光市の山も、シカが増えてから、今まで生息してなかった蛭が湿地以外でも見かけるようになったのを体験してるので同感だ。
 人と野生生物の共生は理想だが、現実には農山村に住む人には喫緊の困り事。棲み分けのために奥山まで植林された放棄人工林を伐採し、野生獣たちのエサとなる広葉樹などを植える。集落にまで降りて来ない環境整備をと言うのが、くまもりの主張の骨子だが、電気柵やワイヤーメッシュの鉄柵など張りめぐらすのは非現実的。集落内はまだしも、奥山も棲み分けの仕切りを設けるとなれば、簡易舗装や林道の山道が縦横無尽にあり、作業者などの出入りも難儀する。
 各県で森林環境税の各自治体の分け前?が早々に決まったようだ。おおむね人口の多い自治体が多額で、過疎の町村は少ない。これで放置棄人工林を伐採し広葉樹に一部を替えて、野生獣の住宅地への出現抑制はできるのだろうか。
 7月末に、野生獣のワナ免許希望者の猟講習会が宇都宮であって参加した。地元の知合いの議員さんもいて、「集落の方から野生獣に困っているので、ワナ免許取得してよと言われたので来たよ」と。それほど緊急の現実的な悩みなのだ。
 このような困った状況がどこの里山地域でもあるのだが、時間的に制限があり今回の集会では話題にもならなかったのが残念だった。

 ホーム  »  次のページ